東京高等裁判所 平成10年(う)1031号 判決 1998年10月12日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
原審における未決勾留目数中三〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は東京地方検察庁検察官齊田國太郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人上原悟が提出した答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。
論旨は、要するに、原判決は、常習累犯窃盗の公訴事実に対し、本件犯行は窃盗の常習性の発現として行われたものではないとして単純窃盗罪を認定したが、被告人には窃盗の常習性が認められ、本件はその発現として行われたものであることが明らかであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、ひいては法令適用の誤りがあるというのである。
原判決が窃盗の常習性に基づく犯行であることを否定した理由は、おおむね次のとおりである。本件は、公園で野宿をし浮浪生活をしていた被告人が、草野球を観戦していた際に、ふと誰もいないバックネット裏に置かれたビデオカメラ等を見付け盗んだという置き引きの窃盗一件であり、犯行の手口自体熟練性を要しない単純なもので、多分に偶発的犯行というべきものであり、前刑出所後本件で逮捕されるまでの間に被告人が他に窃盗を行った証拠はないから、本件犯行の態様と前刑出所後の被告人の行状をみる限り、本件犯行が犯罪的習癖に基づくものとはいえず、また、被告人には、昭和五八年以降窃盗の前科が五犯あるが、うち前の三犯は、侵入盗の類型に属するものであり、後の二犯は店舗での万引の事案であって、いずれも、仕事をせず生活費に困り、手っ取り早く金を手に入れることを狙った動機によるものであるなどの点で共通性を有するものの、屋外の野球場におけるような置き引きの手口のものは過去にないことなどの点にかんがみると、前科の各犯行と本件犯行とはかなり異なっているから、本件犯行が常習性の発現として行われたものと認めるのは困難であるというのである。
しかし、窃盗の常習性は、機会があれば、抑制力を働かせることなく安易に窃盗を反復累行するという習癖があれば足りるものと解される。これを本件についてみるに、当審において取り調べた証拠を含む関係各証拠によると、以下の事実が認められる。(1)被告人は、窃盗罪ないしそれとの併合罪により、昭和五八年を初めとして、昭和六一年、平成二年、平成七年、平成八年の五回にわたり刑に処せられ服役しており、これらの前科の事案のうち、前の三回は店舗や住居における侵入窃盗であり、後の二回は万引によるもので、いずれも生活に困った状態の中で手っ取り早く金品を取得する方法として犯されたものである。(2)被告人は、前刑で仮出獄してからいまだ約九か月、更生保護会を出て野宿生活を始めてから約一か月しか経過していないのに再び窃盗の犯行に及んでいる。(3)被告人は、貯蓄する意欲に乏しく、更生保護施設の職員から貯金するようにたびたび言われ、その余裕があったにもかかわらず、就労して得た金を飲食遊興に当てるなどして使い果たし、自立するのに必要な貯金をするなど生活態度を改善する努力をしないまま、特に滞在を許された期間を含め約八か月間もの間滞在した後、遂に更生保護施設を出ざるを得なくなって公園で野宿をするようになり、その後は働こうとせず、自ら生活費の得られない生活状態に身を置いた中で、本件犯行に及んでいる。(4)本件犯行は、野宿していた公園の野球場のバックネット裏に三脚のついたビデオカメラが設置されているのを発見するや直ちにそれらを窃取する決意をし、これを実行したというもので、その動機は、入質換金して生活費等を得るためであり、前科にも同じく入質換金を動機とするものが含まれている。以上のうち、(1)にみられるような前科の回数、間隔、その動機、態様等に照らせば、被告人には、少なくとも生活に困るような状況下においては窃盗を反復累行するという習癖が形成されていたと認めるほかはなく、(2)ないし(4)のような出所後本件犯行に至るまでの期間やその間の生活態度、本件犯行及びその動機等の諸事情を総合すると、被告人には右の習癖が存続しており、機会があればそれが発現する状態にあって、本件犯行はその習癖の発現として行われたものと認めるのが相当である。
原判決が常習性に基づく犯行であることを否定した理由についてみるに、確かに、本件では、被告人が前刑出所後窃盗を反復累行していたことを示す証拠はないが、前記(3)のように特に保護された状態における約八か月間とその後の約一か月間窃盗に陥らなかったからといって、既に形成されていた前記の習癖が消滅したとはいえない。また、野宿生活においては、コンビニなどから捨てられる食品や落ちている金を拾っては生活していたと述べていて、積極的に窃盗を生活の手段としていたものではないことがうかがわれるものの、窃盗の常習性は、もとより窃盗を生活の手段とするような場合に限られず、生活に困窮すれば抑制が働かず安易にこれを反復累行するという習癖が認められる場合を含むというべきである。さらに、本件犯行には偶発的な要素があること自体は否定し難いが、バックネット裏にビデオカメラが設置され周囲に監視する人がいない場面に遭遇したからといって、それは、被告人の習癖が発現する契機になったものにすぎず、そのような状況に遭遇して、入質換金により金を得るという動機から、いとも安易に犯行に及んでいることは、これまでに形成された被告人の窃盗の習癖の発現を示すものにほかならないというべきである。また、窃盗の常習性は、窃盗を反復累行する習癖の問題であって、手口の熟練性や同一性、類似性までをも必要とするものではないと解されるから、本件の置き引きという手口が熟練性を要しない単純なものであり、また、その手口のものが前科に含まれていないからといって、本件が常習性の発現として行われたことを否定すべき理由にはならない。
そうすると、本件犯行が常習として行われたことを否定した原判決は事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
そこで、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して直ちに次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判示罪となるべき事実冒頭の、「被告人は、」の次に、「平成二年二月九日水戸地方裁判所土浦支部において窃盗罪等により懲役一年六月に、同七年三月二四日土浦簡易裁判所において窃盗罪により懲役七月に、同八年二月二三日同裁判所において同罪により懲役一〇月にそれぞれ処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、」を付加するほか、同事実記載のとおりであるから、これを引用する。
(証拠の標目)<省略>
(累犯前科)
原判決の累犯前科欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(法令の適用)
被告人の判示所為は、盗犯等の防止及処分に関する法律三条、二条、刑法二三五条に該当するところ、前記累犯前科があるので、刑法五九条、五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で三犯の加重をするが、犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 小出享一 裁判官 波床昌則)